慶応4年(1868)6月16日、6月18日のこと

ほとんど知られていない事だが、慶応4年(1868)6月16日、輪王寺宮公現法親王が東武皇帝に即位し、奥羽に東日本政権(北方政権)が樹立、元号を「大政」(「延壽」説もあり)とした、とする資料がある。大正8年に藤嶋書店から刊行された『大館戊辰戦記』にそれを裏付けるような記述がある。また、同じく慶応4年6月18日には、庄内藩征討に出役していた新政府軍から離れ、奥羽越列藩同盟軍へと転じた奥羽諸藩のなかで、とりわけ天童藩内部で、それゆえに起こったといってよい悲劇があった。藩の中老・吉田大八が、観月庵前での引責自刃に追い込まれたのである。奥羽の幕末にはさまざまな不可思議な出来事があまりにも多く、近代日本の出発がどのようなものであったのかを知るためにも、私たちはその意味を問い続けなければならない責を負っているように思えて仕方が無い。

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