文体からみえる人間性

 画家の香月泰男と同じように、シベリアのラーゲリで強制労働を科せられ、日本に生還したのち文芸批評家としてさまざまな優れた論考を著した内村剛介。彼は吉本隆明、磯田光一、桶谷秀昭、梶木剛等と同時代の文学者だ。その彼に歴史対話集『幕末は終末』(新人物往来社)という著書があったことは今まで知らなかった。文芸評論関連の著書はほとんど目配りしているつもりだったが、まさか歴史に関する仕事を遺していたとは………。オークションで知り、そのまま入手。それを読んでいて、内村はもちろん、ほかでもない井上ひさしの卓越した文体論を知ることになった。内村と井上の対話「榎本武揚ー職業の倫理」がそれだ。
 内容は、勝海舟、榎本武揚ふたりの書き残した文章から、時代背景を読み解きながらそれぞれの人間性を明らかにしていくものだが、この本が刊行された昭和49年(1974)当時の勝海舟、榎本武揚ふたりについての歴史家による評価に較べ、井上ひさしが導きだした評価は常識をはるかに逸脱するものであった。最近の研究でようやく見えてきている勝海舟、榎本武揚ふたりの人間性を当時すでに、それぞれの文体から見抜いていたのである。歴史家は文学者の眼をも持つ必要があるということだろう。

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