水の出ない蛇口

小学生の頃にはまだ家の中に井戸があり、自分でもポンプを手で漕いだ記憶がある。昭和30年代初頭、ご飯を薪釜で炊いていた時代のことである。その井戸の名残りは、今は電動ポンプにスタイルを変えているが、庭木に撒水するための大事なツールとして現役で活躍している。

水源の月山湖寒河江ダム付近豪雨のため、水の濁りがひどく、浄水システムがダウン。上山市などへの給水がストップしている。上水道になってからの〈断水〉は、これまでもあったのかどうか、記憶をたぐってみても思い出せない。

〈断水〉は、まだ実質たった2日なのに、ストレスになりつつある。蛇口をひねれば使いたいだけ水が出る。普段は意識すらしない。何事もない平凡な日常が、いかにすばらしいことか、日常性が寸断されないとそれにすら気づかない。水の出ない蛇口を前にして、3・11で被災された方々を思うと、私たちが〈断水〉で味わっているストレスの何千倍、何万倍にも相当することを知る。

昨日、たまたま市役所へ用があって出かけ、ちょっとした感動を味わった。駐車場に車を停めあたりを見渡すと大型の給水車が数台並んでいる。そしてその車には「仙台市水道局」というプレートが貼ってあるのだ。言葉で「助け合い」とか「支援」とか言うのは簡単だが、その素早い支援行動には感動を覚えた。おそらく3・11の際の「応援」に応えた行動なのだろう……。

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