蜷川新という研究者

昭和28年に千代田書院から刊行され、今年の4月に批評社より翻刻復刊版として出版されたばかりの『維新正観』蜷川新著(注記・解説:礫川全次)は、それまで官許史家たちが隠し続けていた幕末期の事実を天下に明らかにしようとした数少ない著書といってよい。ここでは本書の雰囲気だけでも感じて頂くべく、鳥羽・伏見の騒乱についての記述の、そのさわりを紹介してみたい。

「鳥羽伏見の乱は、西郷隆盛が、徳川方の侍が集まっているところを目標として、突如として高地から大砲をはなち、挑戦したことに始まる。すなわち不法の開戦であって…略…。従来の歴史家は、徳川方が大軍を率いて、京都に攻め上ったなどと嘘を書いている。さらにまた、この戦いは、徳川方が不法であって薩長方は正当防衛であったなどとも書いている。これらの史家は、学者の良心を失い権力にのみへつらう曲学卑劣の徒であったというべきである。」

このように大胆な説を随所に展開している本書だが、ことさらに心情的に異論をかき立て、センセーショナルに自説を開陳しようとしている訳ではない。そのための根拠や資料を人一倍精確に開示し、論理的な整合性までをも意識して、地道に維新史の闇を照らし続けていた研究者だったようである。小生はこのようなすぐれた研究者の存在をつい最近まで知らなかったのである。

維新正観

蜷川新(にながわあらた:明治6年〜昭和34年)は日本の法学者、外交官、大学教授。専門は国際法。室町幕府に政所代(政所の副官 * )を世襲した蜷川氏の流れをくむという。この復刻本の帯に記されている文言は、平成の世のいま読めばたしかに死語化しつつある感触もあるが、戦後ようやく歴史研究の自由が認められ、開放感を感じて刊行したであろう著者の序文の一部であることを想えば納得のいく表現といえよう。万感の思いを込めてすえ置いたものにちがいない。

資料 * 政所(まんどころ)
親王、従三位以上の公家の財政管理を職務とした。 そのほかにも、家臣団の所領に関する訴訟を担当。
その長官(執事)は、はじめ二階堂氏、のちには伊勢氏が代々世襲した。
副官ともいうべき政所代は、伊勢氏の家臣蜷川氏が世襲。

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