2日間の〈会津〉訪問で感じたこと。

9月23日(土)〜24日(日)に開催された「会津まつり・2017」に参加して来た。

幕末の激動期において、とりわけ文久2年(1862)藩主松平容保が京都守護職に就任して以降、このうえ無い悲惨な経験を強いられた会津藩。かといって、現在的にネガティブな感触や屈折した印象はさほど受けない。この事実はむしろ不思議なことと言わざるを得ない。たとえば山形、上山、天童各藩のように、好むと好まざるとにかかわらず、新政府軍傘下→奥羽越列藩同盟軍傘下→新政府軍傘下という具合に、なかば不本意ともいえる状況を強いられつづけた小藩と違い、自信に満ちているというか、胸をはり続けているというか、ぶれることなく義を貫き通したことで得られたであろう清々しい空気のような存在を、ふと感じさせられるほどである。

とりわけ斉藤一墓前祭における諸氏の挨拶(発言)のことばひとつ一つに、スタイルこそ様々であったが、その矜持がこめられていることに気づかされた。これまで、新政府軍に敗れた奥羽越諸藩の人びとは、皆同じようなニュアンスで、屈辱や無念を味わったのだと一元的に考えて来たのだが、実は、ずいぶんと質的に異なっていたのかも知れない。それは同じくぶれることのなかった庄内藩の人々にも言えるのだろうとふと思い至ったのである。

大義を貫くことの〈危うさ〉と〈矜持〉。現在にもつうじるその錯綜した思想的課題を、不意に投げかけられたような2日間の会津訪問であった。時間をかけて考えて行かなければなるまい。

23日/会津藩公行列、150年後の「会庄同盟」、ならびに奥羽越列藩同盟 IN 会津 2017.9.23 。
気温22℃、曇り。暑からず寒からず、天候に恵まれた一日であった。松平容保が本陣を構えた滝沢邸。ここから出陣した白虎隊と白虎隊終焉の地、そして墓地を巡ってみた。

24日/午前中、会津若松城で開催されている企画展「戊辰前夜」を見学。そのあと午後1時より弥勒寺における新選組三番隊組長・斉藤一(のち藤田五郎と改名している)の墓前祭に参加。居合いの奉納などもあり、終了後は同寺本堂での土方歳三記念館館長・土方愛(めぐみ)氏による記念講演「土方歳三と会津戦争〜その後の149年」を拝聴、とても濃密な1日であった。

きのう・今日と充実感満杯の2日間。幸いお天道様にもめぐまれ、夕方無事帰宅した。

 

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