江戸大火之次第

天保5年(1835)2月7日に起きた江戸の大火(甲午の大火=死者4千人)を、当時江戸詰の任にあった上山藩士門奈藤八が郷里上山の藩士たちにその詳細を知らせた長文の書状。これがとてもいい状態で上山に残っている。どこから出た火がいつどんなふうに燃え広がっていったのか、地名を記して、具体的に報告している内容はまさにリアル。現在、東京にもこの甲午の大火に関する史料はそ …

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『第52回 上山ふるさと散歩』が無事終了

9月6日付でご案内させていただいた上山市立図書館主催『第52回上山ふるさと散歩』【戊辰戦争と上山藩】が無事終了いたしました。予想もしてなかったことですが、補助椅子が必要となるほどの方々が足をお運びくださいました。ほんとうに嬉しく思います。ありがとうございました。 石井隆氏が、終了後すぐ、ご自身のFacebookに会場の様子をアップしてくださいましたので、ご紹 …

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[第52回 上山ふるさと散歩]

久しぶりにPRさせて頂きます。 上山市立図書館主催[第52回 上山ふるさと散歩]において、お話させていただくことになりました。 ■テーマは「戊辰戦争と上山藩」です。 ■日 時/9月12日土曜日 午後2時〜3時30分(終了の時間は目安です) ■受講料/無料(予約無しでも大丈夫とのことです) ■内 容/幕末動乱の最終章として位置づけられる「戊辰戦争」とは、いかな …

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宸翰と御製のその後

朝廷を巻き込みながら強硬な攘夷=倒幕運動を続けていた長州藩とそれに追随する公家たちを、孝明天皇の要請を受け、京都から追放(八・一八の政変)したのは、時の京都守護職を務めていた会津藩主・松平保容と、まだ公武合体を主張していた薩摩藩であった。その後、長州藩はその報復として再び京に攻め上り、町に火を放ち、孝明天皇の拉致を企て、御所に向けて発砲する事件を起こすことに …

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孝明天皇の暗殺説

蜷川新著『維新正観』からもう一節。孝明天皇の暗殺説について述べられています。 ◎「孝明天皇の暗殺については、永く在職した維新史料編纂係の人は、いずれもよく知っていた。植村澄三郎氏は、同係の一人であったが、此の事件に関し筆者に語って云うに、『岩倉は、この暗殺を行なった人であるが、初めは失敗し、二回目に成功した』と。由来世人は、案外よくこの事件を知っているのであ …

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武力倒幕後の日本

封建制の打破、近代国家の確立。なかなか建設的な印象をもつ言葉であるが、これが一般的に語られる武力倒幕後の国家イメージだ。だが、果たしてほんとうにそうだったのだろうか。半藤一利著『もう一つの「幕末史」』に次のような記述がある。長くなるが紹介しておきたい。 文久2年、江戸は品川御殿山の英国大使館焼き討ちは、高杉晋作の指揮の下、久坂玄瑞、伊藤博文、井上馨、品川弥二 …

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戊辰戦争と上山藩

いま、上山市立図書館で「戊辰戦争と上山藩」という企画展が開催されています。期間は9月14日まで。  一ヶ月以上ありますので、関心をお持ちの方はぜひご覧なってください。                 なお、上山市立図書館は水曜日が休館日となっていますのでご注意ください。 幕末年表や上山藩がかかわった各戦線の絵図、貴重な各種文書が並んでいて、結構楽しめると思い …

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世界一短い私の戦争論

大日本帝国のこれ以上ない悲惨な最終章。それは2発の大量破壊兵器の炸裂だった。広島に落とされた原子爆弾リトルボーイには「First Message For Hirohito」、くわえて、長崎に落とされた原子爆弾ファットマンには「A Second Kiss for Hirohito!」の落書きがあったそうです。ショッキングな事実を初めて知りました。シェアさせてい …

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秋田県公文書館

◎8月1日〜2日、思い切って秋田に行って来た。戊辰戦争、とりわけ秋田藩の奥羽列藩同盟離脱(7月)後、奥羽列藩同盟の調印式(5月3日)に勝手に出席したとして責を負わされ、あげくのはてに蟄居を命ぜられ、その後親子ともども難儀な生涯を送ることとなった秋田藩家老戸村十太夫義効(よしかた)の資料を探すためだ。戸村は藩主佐竹義堯(よしたか)の命を受け奥羽列藩同盟結成の調 …

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マルコの蔵

金山町役場のすぐ近くに、素敵な街角交流施設「マルコの蔵」がある。西蔵と東蔵の二棟が広場を包むように建ち、景観的にも実にすばらしい。周辺には大きな堰が流れ、ロケーションも抜群だ。その西蔵において筆者の好きな作家・永山一郎の展示会が開催されているという情報を得、さっそく出掛けて来た。 会場内の展示も、驚いた。素人にはできないレベルの高い展示で、きっとディレクター …

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