幾時代かがありまして
茶色い戦争ありました
これは私の好きな詩人中原中也の「サーカス」という作品の冒頭だが、私たちの遙か彼方の祖先にまで続く時間の繋がりを感じさせる詩行である。
わが国の幕末期、薩摩藩に西郷隆盛という策士がいて、相楽総三ら攘夷派の浪士たちに武装集団「赤報隊」を組織させ、旧幕府陣営を挑発し、武力倒幕の口実をつくろうとさんざん江戸市中を荒し回らせた。一件落着し、戦いが次のステップに移った時、ふたたび「赤報隊」を担ぎだし、新政府軍の先鋒隊として「年貢半減」の表を掲げ、領民のシンパシーを得ながら、東山道を信濃に向けて進軍させた。ところが、この目玉とも言える「年貢半減」という政策は、文書化された勅許(天皇の承認・許可)を有していない、岩倉具視・西郷隆盛・大久保通が意図的に掲げさせたものであったのだ。新政府軍は「赤報隊」のおかげで一定程度の政策プロパガンダが成功したとみるや、こんどは直ちに「年貢半減」という看板政策を取り下げ、相楽総三たち「赤報隊」が勝手に掲げたスローガンだとして「赤報隊」を「偽官軍」として追討、盟主の公家、実質御陵衛士の生まれ変わりだった二番隊を除き、隊長相楽総三等を斬首してしまったのである。
考えてみると政治の世界では現在もこの手法が生きているらしい。「消費税は上げません」というスローガンで政権与党の座を獲得した党が、事情が変わったからと言って「税金を上げることが国のため」と180度の変節、国民へのたいした説明もなく、看板政策を取り外し、恥とも感じていないようなのだ。そしてまじめに首脳部のやり方に異を唱え、国民との約束を簡単には取り下げられずにいる誠実な党員(はたして何人いるかはまったくわからないが)を苦境に陥れている。党内にはそれを利用してうごめいている化け物のような存在の御仁たちも多数おられるが、それはそれとしてもマニュフェストを投げ捨てた方が「正義」となると、どう考えても単なる嘘つきで、尋常ではない。「赤報隊」にまつわるとんでもない話と寸分違わない気がしてくる。