やまがた再発見-佐藤南山寺(中)

当時、俳句界の芥川賞といわれた角川俳句賞。 1970年(第16回)、「虹仰ぐ」50句にて、その栄誉ある賞を受賞した俳人が上山にいました。 俳人・佐藤南山寺(本名:佐藤健太郎)です。 氏の生涯を「やまがた再発見」に書かせて頂きました。 お読み頂けたら幸甚です。 下記タイトルをクリックすると記事が表示されます。 (上)2021年7.25日付 山形新聞 (中)20 …

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やまがた再発見-佐藤南山寺(上)

当時、俳句界の芥川賞といわれた角川俳句賞。 1970年(第16回)、「虹仰ぐ」50句にて、その栄誉ある賞を受賞した俳人が上山にいました。    俳人・佐藤南山寺(本名:佐藤健太郎)です。 氏の生涯を「やまがた再発見」に書かせて頂きました。 お読み頂けたら幸甚です。 下記タイトルをクリックすると記事が表示されます。 (上)2021年7.25日付 山形新聞 (中 …

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意外な印象『ペリー艦隊日本遠征記』

古書店から届いた万来舎刊『ペリー艦隊日本遠征記』(上)(下)のうち(上)を読んでいて、じつに意外な印象だった。 えっ? 今までいろんなものでイメージが創られてきたペリーって、ではいったい何者だったの? これまで黒船艦隊が大砲を撃ちかけながら脅しで不平等条約を締結させたことになっているネガティブな我が国の開国のイメージが、ペリー自身の言葉であっさりと嘘であるこ …

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8月28日(土)新庄市民プラザ

◎新庄市で「虹の交流塾」が開催されます。  小生もお声掛け頂き、まだだいぶ先になりますが、僭越ながら1時間半ほど「幕末」の話をさせて頂く事になりました。もしよろしかったらご参加頂けたらと思います。 ◎話の内容(現在的に至りついた私論)は…  慶応3年10月の大政奉還以前、わが国の政治思想の主流は意外と思われるでしょうが2院制(2局制)による議会政治構想が一般 …

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思い出すこと〜モノローグ 3・11〜

10年前の3・11以降、連日テレビではいろんな学者さんたちがコメンテーターとして呼ばれ、口々に「メルトダウンは考えられない」「メルトダウンなどあり得ません」「日本人には核に対する独特のアレルギーがあって過剰に心配してしまう傾向がある」なんて、図解入りで熱弁していたなぁ。 結果的には、彼らがさんざん否定していたメルトダウンが、あの時すでに現実のものとして進行し …

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珍しい!輪王寺宮についての講演があった!

〈演題〉奧羽越列藩同盟と輪王寺宮の生涯 〈講師〉木村紀夫氏 〈期日〉2021年1月30日(土) 〈会場〉仙岳院           * 奥羽越31藩による同盟(奧羽越列藩同盟)は、 1868年(慶応4)6月、輪王寺宮公現法親王を東武皇帝として迎え、 北方政権(東日本政権の呼称もあり)の樹立を宣言。 元号を大政(延壽説あり)とした。 これはニューヨークタイムズ …

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独善的に選んだ、2020年極私的ベスト・ブック!

『日本を開国させた男、松平忠固:近代日本の礎を築いた老中』 著者:関 良基 作品社 新年あけましておめでとうございます。 本年も書肆犀をどうぞよろしくお願い申し上げます。 年頭の挨拶にかえまして拙文を掲載致しますので、よろしかったらお読み頂けたら幸甚と存じます。 在野の歴史研究愛好者たちをその世界からふるい落とすためのキーワードとしても使われかねない《一次史 …

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やまがた再発見-小松武治

ふるさと上山が生んだ先駆者の一人・小松武治。旧上山藩士の三男。学問に対する意欲がつよく、苦学を覚悟で仙台に出る。そして「労働會」に身を寄せ学問の道へ。のち、島崎春樹(藤村)や夏目金之助(漱石)、上田敏等に師事しひたすら学問に邁進し「沙翁物語集」を上梓。キリスト教信仰とシェークスピア研究の生涯を送った人物。お読み頂けたら幸甚です。 なお、画像をクリックすると拡 …

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清野恒画伯「小作品展」のご案内

🍀上山市立図書館からビッグイベントのお知らせ🍀   来る12月1日(火)より、故郷が生んだ先駆者のひとり、清野恒画伯「小作品展」を開催致します。 我が国近代絵画の黎明期を、モダンアート協会等に所属しながら疾駆した「五助ブラザーズ」の兄・清野恒画伯(弟は清野克巳氏)。かつて氏の個展は山形美術館において開催されたことはありましたが …

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河井継之助終焉の地・只見を訪れて

河井継之助終焉の地を訪ねて来た。 戊辰戦争北越戦線における最大の激戦地となった長岡城攻防戦のさなか、河井は不覚にも被弾し、戸板を改良した担架に乗せられ、過酷な八十里越ルートで会津へと向かった…。       《八十里 こし抜け武士の 越す峠》    継之助 だが、只見の山中で力尽き、1868年(慶応4)8月16日、一時投宿していた塩沢の村医矢沢宗益宅にて、つ …

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